2007年4月24日 (火)

学力テスト・・・

全国学力テストが開始した。何とも中途半端なタイミングで始まった感が否めない。

全国の小学校6年生と中学3年生を対象に国語と算数・数学のテストを行ったとのこと。実際に問題を見たわけではないが、新聞の記事なんかによると全体の4割を記述にしたという。

方針は間違ってないと思う。記述式にすることにより、生徒の日本語を書く力を試すことができるからだ。

ただ、成績の扱い方が妙にあいまいな気がする。都道府県ごとの順位しか出さず、各学校名は匿名の扱いになるそうだ。これでは、このテストの意義をどこに持ってくるのかがいささか不透明である。現在、公立では学校選択制という制度を導入し、各学校が生き残りに向けてしのぎを削ってるようだが、各学校の順位を出してしまうと、学校間の二極化がさらに激しくなっていく。

このへんの扱いをどうするのか、この問題はとても重要である。やはり、こういうテストをするからには何らかの活用をしなければならないわけだが、この成績を他校と比べるのがそもそもよくないのではないだろうか。

例えば、各学校は事前に「国語で平均60点を目指します」などの他の学校を意識しない形の独自の目標を設定する。そして、結果がわかれば「我々の学校は目標を達成しました」などの目標値との大まかな批評をしていくというやり方だ。

つまり、目標を設定する段階で順位で設定するのではなく、得点で設定することが大事だと思う。要は、他の学校と比べるからいろんな問題点を指摘されるわけで、自分の学校の目標と比べて議論される分には有意義なものになるはずだ。

もちろん、順位を意識するなというわけではなく、順位は公にしないで、職員同士で情報を共有し、公表はしないということになれば大きな問題にはならないのではないだろうか。

このテストにはテスト中止を求める訴訟もあるようだが、すでに棄却されている。

いろんな問題が背景にある以上、時期尚早ではなかったか。

しかし、全国で同じ問題を生徒たちが解く機会などめったにない機会なので混乱が起きないように今後に生かされることを願いたい。

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2007年1月25日 (木)

センター試験

少し前のことではあるが、1月20、21日に大学入試センター試験が行われた。

受験生の皆さん、お疲れ様でした。。しかし、すぐそこに私立の一般が待っており、国立前期も近づいている。気が抜けない日々が続くでしょうけど、まだ見ぬ大学生活に希望を持って粘り強く自分のやるべきことをこなしてください。

僕は去年の今ごろ受けてたかな。。それで、このセンター試験で人生が変わった一人なのだが、、そこで、塾の講師をしているという立場上、センター試験の問題を解いてみた。といっても英語だけであるが。。

まず、驚いたのは問題形式の変貌振りにはぶったまげた。第1、3、4、5問と半分以上が変更されたということになる。そこで、個人的な講評をしていこうと思う。(私が講評できるほどの立場ではないのは十分承知の上でお読みください。。)

まず、第1問だが、やや難しいと思われる。特に、Bは個人的にとても答えを出しづらかった。Cは太線の意味さえ取れれば比較的得点しやすかっただろうと思う。

第2問は大きな変更点はなかった。文法問題もこれと言って難しいものはなかったのでは。。ただ、会話の穴埋めの配点が倍になったというのは注目点と言える。

第3問も大きな変化を遂げた。これまでの形式の問題は一切消えてしまった。。僕はセンター前最後の授業で文整序の問題の過去問を解かせたのに、、ショック。。新たに出題された意味類推問題はいい問題だったと思う。あの問題を下線の表現を考えてると正解を出すのに苦労したと思われる。素直に文脈から答えが決まってしまう。

そして、第4問も小問2題に変わった。Aの問題でX、Y、Zの穴埋めがなくなった。あとはBの問題は誰もが気づいたでしょう。。バリバリのTOEIC意識の問題ですね。。受験生にとっては戸惑ったでしょうけどそんなに難しくなかったので得点しやすかったかも。。

第5問も小問2題の形式になった。AとBの難易度の違いがありすぎだと思ったのは僕だけだろうか?Aは素直な問題だったがBはルールを理解するのに少し時間がかかるかもしれない。

第6問は今までどおりの形式となったが、去年よりもかなり難易度は落ちたように思われる。場面設定もそんなに難解でなく、だからと言って、設問に大きなひっかけがあったわけでもなく、かなり短時間で解けたのではないか。

今年のセンター英語の予想平均点がおよそ130点なので難易度としては決して高くないと思われる。特に、傾向の変化で動揺した受験生もいたと思われるが、第6問を最初にやった受験生は時間配分に若干の余裕ができたかも。ただ、第1問から取り掛かると意外に時間配分が狂ってしまう可能性があった。この調子で行くと、来年あたり難易度がぐっと上がりそうな感じだ。

他教科は問題は見ていないが、数学は若干、難易度が上がり新傾向の問題が増えていたそうだ。

国語も現代文の本文が長くなり、漢文で漢詩が出題されるなど平均は去年より10点近く下がる予想が出ている。去年は漢文が簡単だったからなぁ。。

理科は生物しかわからないが、平均点も去年とほぼ同じで簡単なテストが続いているようだ。

社会は全く問題を見てないが、予想平均点だけで判断すると、日本史Bで平均がおよそ10点上がっている。現代社会が若干、難易度が上がったと思われる。

なお、現代社会と倫理との間で19点もの差がついた。20点差で実施される得点調整は今のところ、まだ決まっていない。

全体的に去年よりも平均点は30~40点ほど下がるものと思われている。ただ、今年のセンターは何かが違った。どこか、改革元年と位置づけたかのような問題が並んでいた。案外、今年のセンターの形式がしばらく続くのではないかと思う。

受験生の今後の健闘をお祈りします。

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2006年12月13日 (水)

東京で偽装発覚・・・

このページのコンセプトがだんだん変わってきましたが、、、今回も少し真面目なお話です。

下のホームページを見てもらえれば分かりますが、東京都で新たな問題が浮上してきました。僕自体は全然問題だとは思わないですが、世間の人たちには問題だそうです。(タイトルも言葉が思い浮かばなかったので仕方なくあんな感じになりました。。。)

その問題とは東京都の高校で総合学習の時間に受験対策の授業を行っていたということです。これっていけないことなんでしょうか??

僕のような学歴至上主義者にとってはこんなことでどうしていけないことだといわれる必要があるのかと逆に聞きたいわけです。

総合学習とは政府がゆとり教育の一環として、各学校、各教師が自由に教えることことができる時間としている。その時間に受験対策をして、総合学習の未履修だなんて話になっているようです。実際には教育委員会は未履修には当たらないとしている。

どこかで、現場の教師にとったアンケートでは総合学習の必要性を訴える教師はほとんどいないという統計資料が示されたこともあって現場の教師にとって総合学習がいかに負担が重いかということを示している。というのも、この授業は学校、教師の裁量で自由に行えるという観点から何をやればいのかということが負担を大きくする一番の要因だと思う。

そもそも政府が総合学習を「問題解決能力を養う」だとか「生徒の興味関心に応じた授業を展開する」などの極めて抽象的な位置づけをしていることが問題であり、せめて、こんなテーマでこんな進め方はどうだろうかといった具体案を示すくらいのことをしてもよかったのではないだろうか?

そんなこともしないで総合学習と言われても何をしたらいいのか分からないとなれば、受験対策をした方がよっぽどましだと考えるのは当然ではなかろうか?今回、このような偽装授業が発覚したのは都内の公立高校およそ20校だそうだが、僕は正しいと断言はできないが、これらの学校を悪いとは決して思わない。

いま、ゆとり教育とか言っているが、実際には能力のある人が出世して行く時代である。そんな時代にゆとりなんてこの考え方自体に問題がある。いくら、学歴社会ではないといったところでほんとうに学歴社会がなくなったかと言えばそんなことはない。企業の採用だって最終的には学歴で決まってしまうのである。

それ以上に疑問なのが今なぜ、学歴社会がなくしていく必要があるのだろうか??世間でできる人とはやはり一流大学を卒業している人のことを表すのではないだろうか。

学歴というのは個人の努力の成果である。これは僕が好きだった予備校の講師が言っていた言葉だ。大学受験を乗り越えるために1年間勉強を続けて努力をして東大合格したのならばこれはその人の努力の成果である。このような想像できないほどの努力を積み重ねてきた人が後の人生で優遇されて一体何が悪いのか?

実際に学歴社会が廃れていないことを証明するものとして、去年の今頃放送されていた「ドラゴン桜」がいい例になろう。東大に行けば人生は180度変わる。その言葉にウソはないからあれほどの社会現象になったのだ。やはり、人生で学歴は重要なんだよ。。。

http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/061212/gkk061212000.htm

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2006年11月22日 (水)

社説より・・・

今日11月22日の読売新聞の社説を読んだ方はいますかね??

読んでもらえればいいんですけど、今日の2本の社説は「大学の経営統合」と「家庭の日の制定」でした。

まず、1本目の大学の経営統合の話ですけど、これは産経、朝日でも取り上げてた話題ですが、ご存知の方も多いと思いますが、慶応大学と共立薬科大学の合併協議が始まったということです。

他にも、関西の関西学院大学と聖和大学の合併協議もすでに始まっているわけで、今回の一件でさらに私立大学の再編の動きの加速が見込まれているようだが、いい流れだと思う。

今回の慶応と共立薬大の合併にしろ双方にとって大きなプラスになると思う。

慶応からすると、伝統ある共立薬大の薬学部が創設されることにより既存の医学部、看護医療学部とともに連携し合い、医師、看護士、薬剤師のチーム医療が可能となり、大きな強みになることは間違いないだろう。

共立薬大側からすると、名門中の名門である慶応大学と合併するなら学校の知名度やブランドがつくことになり、受験生の大幅増を見込める。共立は前年度の志願者数が大幅に減ったことから、今年度は大幅な志願者増が見込めるわけだ。さらに、薬学部の6年制に伴って病院での実習期間が延びて、学生の受け入れてもらう病院も慶応の付属に受け入れてもらえるわけだから、お互いの思惑が一致したんだと思う。

しかし、問題は私立である以上、大学の名前が消えると言うことに関連して、卒業生からは否定的な意見も多いようだ。

しかし、少子化の中で大学の数はこれからどんどん減って行くと思うのでこうした再編も促進して行くべきだと思う。

そして、もう一つの記事「家庭の日の制定」ですが、政府は少子化対策の一環として、「家庭の日」の制定を検討しているという。もちろんこれが祝日化されるかどうかは分からないようだが、これはそれぞれの地方自治体ですでに制定しているということである。僕からするとそんなのどっちでもいいよっていうのが正直なとこなんだけど、決して、悪いことではないと思う。

祝日化される必要性は分からんけど、家族の絆とか、家庭の関係を強化していくためにもいいことだと思う。しかし、どれだけ制度がよくても実際にうまく機能するかが問題である。最初は小さなことでも、少しずつ実績をあげて身のある制度にしてもらいたい。

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2006年10月26日 (木)

現代の教育問題・・・

最近ここでは真面目な話題が続いていますが、今日は教育問題です。将来、教職を目指しているものとしては最近の教育問題には気を使わざるを得ないわけで。。。

最近はいろんな問題がありすぎてどこから突っ込めばいいのかよく分からんが、政府がもっとしっかりしていればと思うのは僕だけだろうか??小泉政権の後を継いだ安倍政権は「美しい国づくり」と同時に教育改革に力を入れると言いながらこの状態では国民の信頼は揺らいでしまうのは当然ではなかろうか??

安倍総理自体は「教員免許の更新制度」を作ろうとしているが、この制度もいかがなものか??更新制度は仕方なしにしても、更新に伴う講習がきつすぎるのではないだろうか??ただでさえ2006年問題によってベテラン教師の大量退職に伴い今後、教員になる人にとっては考え物だろうと思われる。

それ以上に最近特にフューチャーされているのが高校における必修科目の未履修問題である。これは深刻な問題である。最初は富山にはじまりそのあと岩手や福島など全国各地で発覚した。岩手の場合は自体が悪質だ。大学受験に際しての調査書作成の際に受けてもいない科目の成績を勝手につけていたというのだから信じられない事態だ。

僕はこのことに関して特にいいとも悪いとも思わないが、やはり学習指導要領をで決められている以上は他の高校でも同じ条件でやっているのだから不公平感はぬぐいきれない。

やはりそれ以上に重要なのが該当生徒への対処をどうするかだ。自治体によって対応は異なるがだいたいは冬期休暇中に補習授業として対応するらしい。ただ、受験生特に世界史を受験科目として使わない生徒にとってはこれほど迷惑なコトはないだろう。まぁ、生徒側からしたら授業を聞かずに寝るであるとか、内職したりであるとかのことをするのかもしれないが、授業時間として拘束されてしまうわけだからたまった物ではないだろう。

報道によると中には生徒の要望を教員たちが検討しやってしまったという形でこのような事態になっているところもあるだろうが、教員たちにとっても大変なことである。大いなる反省が求められるところだろう。

それにしても教育委員会も本当にどうしようもない組織である。前回の記事に書いたようないじめ自殺の件もそうだし今回の件だってどうしたものか?ちょっと組織としての規律であるとか国の機関にしてはあまりにずさんである。政府は教育委員会の廃止すらも検討しているらしいが、こんな対応をしているようでは教育委員会ももなくしてしまったほうがいいような気がする。

教育委員会もそうだが、今回このような事態になっているのは有名進学校であるということだ。受験対策として世界史の時間を数学や英語にまわしていたのだろう。ついに公立高校の予備校化といえるだろう。僕自身は予備校化になっていくコトは反対ではないから微妙だが、やはり、それだけ今の教育水準が落ちたということだろう。しかし、大学側はその中で優秀な学生がほしいために人気大学は入試の易化どころかむしろ難化している。

高校側もそれを知っていて、なおかつ進学率をあげたいがために今回のような事態が起きたものと思われる。そう考える高校の教員の気持ちは僕もいたいほど理解できる。しかし、それとこれでは話しが別である。学習指導要領で高校では絶対これだけはしようねっていう決まりがあって従いたくない学校があってもそれを守っているのだから、ちゃんと決まりを守っている高校が不利になるのはよくないことだ。

岩手県にいたっては必修科目の未履修が数年前から起こっている高校もあるというのだから、そういった課程で卒業してしまった生徒にたいしてはどのような対応をするのだろうか。

どちらにしても、生徒側に非がない以上、政府は生徒たちにとって負担のない形で卒業資格を与えるべきだ。大学受験は人生のターニングポイントにもなりかねないので生徒たちには入試で自分の実力を最大限発揮できるような形を取れるような環境を与えられるように配慮してもらいたいと思う。

あとは日本シリーズを楽しもう!!

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