2007年7月30日 (月)

自民惨敗、自民大敗・・・

実は私事で恐縮ですが、昨日(29日)は僕の誕生日でした。しかも、二十歳の。。しかも、そんな記念すべき日に選挙権を受け、その権利を行使してきました。

自民党大敗、自民惨敗こんな言葉が今日(30日)の新聞には踊ることだろうと思います。

今回はふたを開けてみると、予想通りの結果ではないかと思う。実際には参議院選挙ということで政権選択を直接示す選挙ではなかったということだと思っているが、かなり大荒れな展開となった。

個人的には、今回の選挙は初めてで、どこに入れようか迷ったが、何とか決めて投票してきた。しかし、自民党はここまで苦戦するとは思わなかった。今の予想では自民の獲得議席は40を切るといわれている。それに対して民主党は60近くの議席を獲得するものと思われる。

安倍総理は今回の結果では退陣はしないといっている。この点については何ともいえない。総理本人が辞めないと言った以上はそれでいいのではないかと思う。この選挙で政権を失ったわけではないから。

どちらにしてもこれからの自民党の政治は苦しくなっていくだろう。それよりも今回の選挙でもっと参議院に力を与えて、二院制が形骸化しないようにしていかなければ、何のための参議院かわからない。

ただ、詳しいことはわからないが、投票率はどうだったのだろうか?多分、そこそこ上昇したのではないかなと思う。期日前投票でも1.5倍だとも言われている。それほど国民の関心が高かったということだろう。

ことの発端はすべては松岡農水大臣の事務所費問題。さらにはその張本人の自殺というのが一番安倍政権に打撃を与えたといえる。また、これ以後も閣僚の空いた口がふさがらない問題発言。挙句の果てには、松岡氏の後任、赤城氏の度重なる事務所費問題。これでは勝てる選挙も勝てなくなるのは当然だろう。

それでは、今後の政治はどうなるんだろうか。民主党が参議院で第一党になったとはいえ、完全に政権交代したわけではない。だから、まだまだではないかと思う。鳩山氏はチャンスを与えられた。といっていたが、まさにそのとおりである。国民の判断は民主党への信任ではなく、単なるチャンスにしかない。

これらを通して、日本のさらなる発展を願いたい。

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2007年6月 6日 (水)

無責任な死・・・

どうしても、書いてる時間が少なくってネタが遅れてしまうんですが。。。

今回のテーマはなんとか還元水のあの人の自殺です。

もう、このニュースが世界中に広まって、しばらく経ちましたが、皆さんは今回のこの出来事をどう考えておられるだろうか??

個人的には「開いた口がふさがらない、情けない」といった感想しか出てこない。同情すべき点が全くないわけではない。彼の場合は農政族の中でもかなりのやり手だったらしい。今進めている農業の自由化に関する案件でも世界と対等に交渉できるの力を持っているのは彼くらいだという声すら挙がっている。それだけに、本業以外で負の脚光を浴びたことは非常に残念だ。

だからといって、一連の「政治とカネ」の問題がなくなるわけではない。彼は死を以ってこの問題をチャラにしてしまった。ほんとに政治家として最悪の幕引きをしてしまった。多くの人が考えているように最初から本当のことを言ってしまえばこんなことにはならなかったはずだ。

しかし、今回の死がもつ意味というのは非常に大きなものがあるような気がする。というのも、今回の彼の死でもって一連の疑惑を自ら認めることになったからである。本当に彼の一連の疑惑に対して自らの身の潔白を主張し、野党からの証拠提出要求に応じ、国民にわかりやすく説明したなら彼はこのような決断をする必要はなかった。しかし、彼は一貫して「法律」を盾に言い訳を続け、自分で自分の首を締めていったのである。

法律に則っているからそれがすべて正しいのか。それは違うことだと思う。法律がそれ以上の公開を要求してなくても、国民が知りたがっている、その説明を求められている、こういう状況では法律より、そういった要求のほうに答えるべきだったのである。それを「なんとか還元水」とか説得力にかける答弁でますます国民の不信を招いた責任は重大である。だからといって、その責任を死でもって償うのは一番許されないことだ。

さらに松岡氏が自殺してしまい、遺書らしきものを残しているが、国民にあてたものは中身が公開されたが、総理宛などの遺書に関する内容が全く伝わってこない。中身を公開するまでしないくとも、概要は公開すべきではないか?

それより無責任なのは、すべては妻が知っている、ということである。彼はどこまで無責任なんだろうか。結局、自分でたねを作っておきながら事後処理は妻に任せる。これが政治家、それどころか現職の国務大臣がすることだろうか。無責任極まりない。

また、こういった閣僚を任命した安倍総理の責任も重大だと思う。何より、疑惑のもたれた閣僚を更迭するどころか、閣僚を擁護する発言を繰り返すとは到底、許されるものではない。これでは総理の責任問題がささやかれるのも無理はないだろう。

この安倍内閣が出来上がった時に組閣の時にいわれた言葉がふと思い浮かんだ。

「論功行賞内閣」

政権発足時に幾度となく聞かれた言葉だ。現段階では、この組閣が裏目に出たと言わざるをえないだろう。もともと安部総理と松岡氏はこれといったつながりはなかったそうだ。しかし、安倍氏が総裁選に出馬すると同時に会派をまとめ、いち早く「安倍支持」を示したのが松岡氏だったらしい。そして、安倍氏は農政族の一人であるにも関わらず、閣僚として迎えられたらしい。

そして、この疑惑がわきあがっても安倍総理は一貫して松岡氏を擁護し続けた。この行動が今となっては大きな分岐点となっていた。あの時、総理が更迭をするなり、説明責任を果たすように促すだけでも結果は変わっていたはずだ。

しかし、「政治とカネ」の問題を考える時には大きなとばっちりがあるのも事実だ。野党はこれまでこれでもかとばかりに「政治とカネ」の問題を追及してきた。それが、一番の相手でもあった松岡氏の死を受けて野党は今後どういう戦法を取ってくるのだろう。

当然、このままこの問題をうやむやにするということはないだろう。だが、大きな方向性を失った今、このまま議論がなくなってしまうのではないかという危険性がある。これだけは許されない。

もし、支持率が急落している今、自民党は自らこの問題の議論を再開させ、野党に松岡氏の疑惑のほかすべての膿を出す努力をしてみてはどうだろうか。そうして、国民が納得できるような説明責任を果たせば自民党に対する世間の見方は変わるはずだ。

参院選が近づいている今このままいくと民主党が圧倒的勝利を収める可能性も否定できない。この際、徹底的にこの問題と年金問題を争点にして無党派層のよき受け皿になるように大きなアピールをしてもらいたい。野党が挽回できる大きな大きなチャンスである。今年、選挙権を得る私もこの問題を真摯に考え、自分なりの意見を持って生きていきたいと思う。

それから、同じ日に亡くなったZARDのボーカル坂井和泉さんの曲から私たちは大きな勇気と元気をもらい、支えられた。彼女の死は本当に残念でならない。天才の人生は短いと友人が言っていたがその通りだと思う。

松岡氏、坂井氏、二人のご冥福をお祈りいたします。

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2007年4月24日 (火)

学力テスト・・・

全国学力テストが開始した。何とも中途半端なタイミングで始まった感が否めない。

全国の小学校6年生と中学3年生を対象に国語と算数・数学のテストを行ったとのこと。実際に問題を見たわけではないが、新聞の記事なんかによると全体の4割を記述にしたという。

方針は間違ってないと思う。記述式にすることにより、生徒の日本語を書く力を試すことができるからだ。

ただ、成績の扱い方が妙にあいまいな気がする。都道府県ごとの順位しか出さず、各学校名は匿名の扱いになるそうだ。これでは、このテストの意義をどこに持ってくるのかがいささか不透明である。現在、公立では学校選択制という制度を導入し、各学校が生き残りに向けてしのぎを削ってるようだが、各学校の順位を出してしまうと、学校間の二極化がさらに激しくなっていく。

このへんの扱いをどうするのか、この問題はとても重要である。やはり、こういうテストをするからには何らかの活用をしなければならないわけだが、この成績を他校と比べるのがそもそもよくないのではないだろうか。

例えば、各学校は事前に「国語で平均60点を目指します」などの他の学校を意識しない形の独自の目標を設定する。そして、結果がわかれば「我々の学校は目標を達成しました」などの目標値との大まかな批評をしていくというやり方だ。

つまり、目標を設定する段階で順位で設定するのではなく、得点で設定することが大事だと思う。要は、他の学校と比べるからいろんな問題点を指摘されるわけで、自分の学校の目標と比べて議論される分には有意義なものになるはずだ。

もちろん、順位を意識するなというわけではなく、順位は公にしないで、職員同士で情報を共有し、公表はしないということになれば大きな問題にはならないのではないだろうか。

このテストにはテスト中止を求める訴訟もあるようだが、すでに棄却されている。

いろんな問題が背景にある以上、時期尚早ではなかったか。

しかし、全国で同じ問題を生徒たちが解く機会などめったにない機会なので混乱が起きないように今後に生かされることを願いたい。

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2007年4月 8日 (日)

都知事選、開票速報・・・

おとといの金曜、大学の友達と京セラドーム大阪で野球観戦をしてきました。関西での野球観戦は結構久しぶりです。

去年は11月に日米野球を見に東京まで行ったことはありましたが、大阪では覚えがないくらい久しぶりです。その久しぶりの観戦のターゲットとなったのはオリックスVS西武戦です。

試合は信じられないくらいのペースで進みました。9回入ったのが20時過ぎくらいでした。そのまま終わるのかと思いきや9回でオリックスが1点返して盛り上がった程度で試合終了は20:45の試合。。

僕たちはチケットも買わずに球場に行ってどこのチケットを買うか迷った末に指定席にしました。以前なら2000円の内野自由席がいつの間にか2400円に値上げされてました。それで、2700円の指定席があってグラウンドにも近かったのでそっちの席にしました~。。

実際に席に行って見ると思った通りの席ですごく臨場感がありました。普通に選手と話せそうなくらいの近さでした。ただ、ネットが邪魔で少し見にくいということはありました。さらに試合中、僕たちが座ってる席の近くにファウルボールが飛んできたんだけど、ネットのせいでボールが取れず、ボールボーイのお兄ちゃんが捕っていきました。。

以前にも福岡でファウルボールが飛んできたんだけど、隣の席の人にとられてしまうなど運がないみたいです。。

そして、話は変わり、選挙が終わりましたね。地元の選挙には関心はなくとも、都知事選だけは少し興味がありましたが、前評判どおり石原慎太郎氏が再選を果たしましたね。これで、東京オリンピックに向けて進んでいくわけですね。しかし、かなりの圧勝だったらしくもう少し接戦になってもよかったとは思うんですが。。得票順だけ見ると石原氏に続いて、浅野氏、吉田氏、黒川氏の順だったと思うんですが、3,4番目は意外でした。僕はてっきり逆だと思ってました。黒川氏の誕生日とのダブル祝いにはならなかったですね。。

これからの石原都政は一体どうなっていくんでしょうか。。??

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2007年4月 4日 (水)

二度と起きないように・・・

関西テレビで「あるある大事典」の検証番組を放送した。見た人も多いだろうが、どのような感想を持っただろうか??

僕はあんまり納得のいく放送ではなかったような気がする。いろいろな課題が見えてきたのではなかろうか。冒頭で社長がお詫びをしていた。何度も見た光景である。確かに必要なんだろうけどもう形骸化しているような気がしてみてても何も感じなかった。

ノーカットでCMも抜いて放送していた。番組では大きな流れとして「捏造の経緯、事実の報告」、「なぜ捏造がなされたか」、「再発防止のために何をすべきか」の3点に絞られていた。

かなり詳細な捏造の経緯が報告されていた。その点は十分だとまではいえないかもしれないが、満足の行く内容ではなかったかと思う。もちろん、いろいろな問題はあるかと思う。例えば、捏造した事実を伝えるにしてもこういう捏造がありました、という報告も大事だが、もっと具体的にこういう点で放送ではこうでしたが、実際はこういう点をこう捏造していましたといった感じで肝心の「何をどう捏造したのか」という点が全く触れられていなかった。

2点目の「なぜ捏造が起こったのか」という点に関しても名前を伏せた状態でボイスチェンジしてインタビューを受けていた。その中で、モラルの低さ、人気番組の制作者としてのおごりなどを話していたが、これもどこまで真意なのか我々視聴者には伝わっていないのではないかと思う。少なくとも僕には伝わらなかった。もう少し自分たちがやったことに対しての責任の重さを感じてしかるべきだと思う。

3点目の「再発防止のために何をすべきか」ということに関してはまだましだったかなと思った。社員の意識調査の結果を公表するという形をとったが、中には使えそうな提案もあった。

それは「ノーと言える環境作り」という意見である。これが、今からでもできる一番適切な解決策になるのではなかろうか。

根本的な意味で番組を作るのは制作会社に委託された会社になるわけでその現場の声を最大限尊重して番組作りをすることはいたって普通なことではないのか。制作会社が作るべきなのは「テレビ局が喜ぶ番組」ではなく「視聴者が喜ぶ番組」を作ることが仕事であることを完全に忘れてしまっているようだった。

「毎週、新しいことを伝えていく」という番組の方針が極めてハイレベルであったがためにデータ改ざんや捏造が起こったものと見るのが自然であり、その点では番組制作社の気持ちというのは大いに察することが出来る。それもこれも「ノーと言える環境」がなかったためではないだろうか。

納豆ダイエットの回も取材を続けるには困難な状況になっても、面白い番組、視聴率のとれる番組を作らなければならないというある種の義務感が捏造というあらぬ方向に向かわせてしまったんだと思う。もし、ノーと言える空間作りさえできていればこのような事態にはならなかったと思う。

今回のこの一連の騒動はいろんな教訓を与えてくれた。

この件に関して、関西テレビには大きな責任があることはいうまでもない。会社の体質が問われ、経営責任が問われるのも当然であるが、それ以上に再発防止についてのより深い議論がなされてもいいと思う。ただ、外部調査委員会の結果報告だけ聞いてこれやります、っていう姿勢よりも「関西テレビではこんなことを考えました。外部調査委員会ではこんな指摘を受けました。それも合わせてこんなことをやります」といった自主性がかけているような気がする。

それに、これを契機に他の放送局でも今回の一連の騒動を他人事として受けとめるのではなく、自分の局ではこんなことをしたらよりよい局になるんじゃないかとか積極的な対応をしていくべきだ。

さらに、今回の問題では私はいろんなことを学んだ。例えば、普段見ている番組がどのようにして作られているのか、とかテレビ局が番組を作っているのではないとか。。正直、私も今回初めて番組制作会社の存在を知ったし、特にあるあるについては毎回1時間の番組のためにこんなに丹念に取材して多くの時間と労力を費やして番組を作っているのかと感心した。せっかく、そうやって作ってきた番組が打ち切られるのは非常に残念だ。

事実を放送するという根源的なことさえ忘れてしまった関西テレビの代償はあまりに大きい。無理なことを無理と言えないたったこれだけのためにテレビ局が背負った責任の重さは計り知れない。一度原点に立ち返って経営陣も研修と称して実際に番組制作に携わって現場のスタッフの気持ちを経験によって理解すること、ノーといえない環境を作ってしまうことがいい番組作りをしていく中でどれだけマイナスになるのか、身を持って体験してみるといいだろう。現場の気持ちのわからない人が経営している会社はよくないと思う。

関西テレビはこれから信頼回復のために辛く苦しい道のりが待っていることと思うが、私は会社一丸となってその苦難を乗り越えて必ずや新しい関西テレビに生まれ変わることを心の底から応援していきたい。

起きてしまった事実を消すことはできない。大事なのは起きてしまった失敗からの教訓を生かし、二度とこのような問題が起こさないこと。誰のために番組を作っているのか、再認識すること。それから最後にもう一度。

「ノーと言える環境作りを今日から!」

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2007年3月 9日 (金)

政治とカネと選挙・・・

相変わらず世間の注目を集めている政治とカネの問題。ここのところ日朝問題、日興コーディアル証券の不正会計事件、シティーグループの買収劇、都知事選などで影を潜めてしまっているが、まだ問題は解決していないはずだ。

先日、民主党は宣言どおり小沢氏が事務所費に関する詳細な情報を開示したが、公表が少し遅いのではないかと思う。しかし、民主党が公表に踏み切ったことについては大きな一歩だ。その詳細が本当に法律にのっとった正しい処理がなされていたらの話だが。。

こうなったら自民党もいい加減公表したらどうなんだろう。今日も疑惑の松岡農林水産大臣は改めて説明を拒否した。彼は最近になってまた新たな疑惑を指摘されているばっかりではないか。議員会館の光熱費を計上しているとかが問題になっているようである。

単なる議員ならばここまで多くの注目は集まらないのかもしれないが、一人の閣僚である以上きちんと説明責任を果たすのが一番ではないだろうか?もしここで説明責任を果たしたならば、多かれ少なかれ個人、自民党に対する国民の信頼回復につながるのはいうまでもないだろう。

松岡氏自身はすでに説明責任を果たしたと思っているのかもしれないが、国民が違うと思っている以上更なる詳細の説明が必要だと思う。ここまできて、説明を拒む理由として「これ以上の開示は制度のあり方に問題がある」と言ってるらしいが、制度のあり方なんてこの際どうだっていいのではないか。国民が説明を求めてる以上、きちんとした説明が必要だ。これでは、不正処理していたと思われて当然だ。

それから、またニュースをにぎわせているのが東京都知事選であるが今日になって新たな動きがあった。それも含めて個人的な考えを述べたい。

まず、現時点で立候補しているのが現職の石原氏。共産党の新人(名前は忘れたけど)。建築家の黒川氏。前宮城県知事の浅野氏。そして、弁護士の丸山氏が出馬するのではということになっているらしい。

個人的にはやはり現職の石原氏が大本命ではないか。一部ではタカ派だとか四男の問題など公私混同などで騒がれているが、だからといって成果を発揮していないわけでもなく、オリンピックの誘致の一環として東京マラソンの開催を成功させるなど力を発揮している。

そのほかの候補者たちを見ると個人的にはあんまり歓迎できない。誰かを倒したいから立候補するという意図が見えている。

特に黒川氏はそれが顕著で石原氏を敵対視するかのような発言が目立っている。もちろん、彼の政策を批判するのは悪くないが、だから自分はこうしたいといったことがあまり見えてこない。

浅野氏の出馬への経緯もあまりいいものだとは思わない。当初、彼は出馬を完全否定していた。それがちょっと決起集会で後押しされただけで決意するのはいかがなものだろう。宮城では抜群の知名度を誇るものの、東京ではそれほど高くないらしい。ただ、知事の経験があるというのはかなり大きなアドバンテージになるのではなかろうか。特に社会福祉や情報公開などの都政の透明性を訴えるなど市民にとっては身近な分野の政策だけあって、これからの選挙活動によっては勝機は十分だと思う。

これら3候補は表立った政党の支援、推薦は受けないらしいが、無党派層を取り込もうという思惑があるのは丸見えだ。ただでさえ無党派層の割合が増えてきている中で東国原効果なども重なって票の取り合いになるだろう。

あと、今回の統一地方選挙からローカルマニュフェストの配布が認められるということで大きな関心が集まっている。これをうまく利用して無駄に他の候補者の政策批判をするのではなく「私はこうなんだ」という健全な政策論争を繰り広げてほしい。

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2007年2月 4日 (日)

日本の政局・・・

1月があっという間にすぎていってもう2月になりました。。月が変わったからといって特に何があるわけではないのですが、僕たち学生にとっては長い春休みに入るわけです。

そんな最近ですが、政局は混乱を極めてますね。。今、政局では大きな二つの問題が転がっている。一つは柳沢氏の「女性は子供を産む機械発言」。もう一つは「政治家の事務所費問題」である。

そこで、今回は今まであまり突っ込んでこなかった政局についての意見を自分なりに愚痴っていこうと思います。

まずは柳沢厚生労働大臣の「産む機械」発言です。この発言は日本中を駆け巡り、テレビ報道でも大きく取り上げられた。この発言は今では男女平等であるとか人権がどうこうといろんなことが複雑になって一般的には女性差別ととられてしまうのが普通である。

しかし、この発言が大昔にはまかり通っていたというのもまた事実である。昔は女性に今ほどの自由は与えられず、女性は単なる子供を産んで育てるというのが当然だった時代があった。

今では、さすがにそのような考え方はマイノリティであるが、年配の方の中にはその考え方に肯定する人がいるということを聞いたことがある。なので、彼自身がこの考え方を持った人物であったということが分かる。

確かに「女性は産む機械である」というのは非常識極まりなく、女性の心を大きく傷つける閣僚にはあるまじき発言であることは確かである。さらにそれに追い討ちをかけるかのように安倍総理が陳謝する場面まで発展してしまった。かなり異例なことだそうだ。

こんな崖っぷちになっても大臣の職に居座ろうとする図太さは世間一般では非難されて当然である。しかし、非難されるから辞任するっていうのはちょっとおかしいと思う。どうせなら国民の前で改めて謝罪をしてから職を離れるのが正しいことではないか。

そういった個人の進退を周りが騒ぐのもよくない。本人の良心によって決断するのが政治家として、大臣としての責務であると考えている。

私があきれてならないのがその後の野党の対応である。この発言を女性議員はここぞとばかりに揚げ足を取るかのようにこの発言に固執している。この状況は異常ではないか。これでは自分たちで柳沢氏を辞任に追い込み、自分の手柄にしようとしていると考えているとしか思えない。もちろん、女性にとっては耐えがたい発言であったことには違いないが、少しエスカレートしすぎである。そこまでいうならテレビでのアピール合戦みたいなことをするより、国会に呼び出して討論するくらいのことをしたらどうかと思う。

こんなことを女性ばかりでなく、野党もこれよりばかげた行動をとっている。野党はこの発言で柳沢氏の辞任させない限り予算審議には応じないという行動をとっている。ほんとにこれが野党、いや大人のすることかと開いた口がふさがらない。まるでお菓子をせがむ赤ん坊のようだ。こういうのを本末転倒というのではないか。

確かに柳沢氏の発言は少子化担当の閣僚の発言としては不適切である。だからといって、国家予算の審議を欠席するのとは全く別問題である。しかも、このボイコット運動を指導しているのが民主党の小沢代表であるというからこれまた情けない。そんなに気に入らないのなら自らの口でその不満をぶつけたらどうか。民主党からすると自民党のイメージダウンを狙っているのかもしれないが、実際には自民党の支持率は下がっているとはいえ、民主党の支持率も相変わらずである。

そして、もう一つが「事務所費問題」である。これは佐田行政改革担当大臣の事務所費の虚偽報告がことの発端ではないだろうか。この件でほかに自民党の中川幹事長や伊吹文部科学大臣、そして、野党からも何名か疑惑が浮上している。その中に民主党の小沢代表の名前が上がっていることは見逃せない。小沢氏にはいい加減にしてもらいたい。人の発言に揚げ足とって非難するのは結構だが、その前に自分の疑惑を晴らすことの方が先決ではないのか。自分のことは棚に上げて人のことを非難して支持を集めようとするような政治家に誰が信用するだろうか。

これが日本の野党第一党というのだからその名が泣いてしまう。与野党双方に疑惑がかけられているのなら野党である民主党が率先して情報を公開し、自らの疑惑を晴らした上で与党に説明を求めるという行動を起こせば、民主党の支持は徐々に伸びていくだろう。そんなこともせずに他人の進退問題をどうこうといえる資格があるだろうか。

自民党の中川幹事長は小沢氏自身の著作の中にある「議員は国会の場で仕事をするべきだ」という言葉を引き合いに出して「小沢氏にこの言葉を贈りたい」と発言したらしく、まさにその通りだなと思いながら記事を読んでいた。

そんな小沢氏は今日の講演で「安倍内閣は多くの危険な要素を持っている。その上、国民も反論し、行動を起こそうとしない」との趣旨の発言をし、安倍内閣を批判していたが、とにかく何度もいうようだが「まずは自分の疑惑を晴らしてからそういうことを言って」といいたい。そして、もっと大人として、政治家として行動をしてもらいたい。

今のままでは民主党のCMのように小沢氏が海に投げ出されそうになるシーンで誰も助けようとは思わないだろう。。助ける人がいないどころか、国民みんなで海に投げ出されるのを喜んで傍観するようになるかもしれない。

長くなった上に、へたくそな文章でごめんなさい。。。

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2007年1月25日 (木)

センター試験

少し前のことではあるが、1月20、21日に大学入試センター試験が行われた。

受験生の皆さん、お疲れ様でした。。しかし、すぐそこに私立の一般が待っており、国立前期も近づいている。気が抜けない日々が続くでしょうけど、まだ見ぬ大学生活に希望を持って粘り強く自分のやるべきことをこなしてください。

僕は去年の今ごろ受けてたかな。。それで、このセンター試験で人生が変わった一人なのだが、、そこで、塾の講師をしているという立場上、センター試験の問題を解いてみた。といっても英語だけであるが。。

まず、驚いたのは問題形式の変貌振りにはぶったまげた。第1、3、4、5問と半分以上が変更されたということになる。そこで、個人的な講評をしていこうと思う。(私が講評できるほどの立場ではないのは十分承知の上でお読みください。。)

まず、第1問だが、やや難しいと思われる。特に、Bは個人的にとても答えを出しづらかった。Cは太線の意味さえ取れれば比較的得点しやすかっただろうと思う。

第2問は大きな変更点はなかった。文法問題もこれと言って難しいものはなかったのでは。。ただ、会話の穴埋めの配点が倍になったというのは注目点と言える。

第3問も大きな変化を遂げた。これまでの形式の問題は一切消えてしまった。。僕はセンター前最後の授業で文整序の問題の過去問を解かせたのに、、ショック。。新たに出題された意味類推問題はいい問題だったと思う。あの問題を下線の表現を考えてると正解を出すのに苦労したと思われる。素直に文脈から答えが決まってしまう。

そして、第4問も小問2題に変わった。Aの問題でX、Y、Zの穴埋めがなくなった。あとはBの問題は誰もが気づいたでしょう。。バリバリのTOEIC意識の問題ですね。。受験生にとっては戸惑ったでしょうけどそんなに難しくなかったので得点しやすかったかも。。

第5問も小問2題の形式になった。AとBの難易度の違いがありすぎだと思ったのは僕だけだろうか?Aは素直な問題だったがBはルールを理解するのに少し時間がかかるかもしれない。

第6問は今までどおりの形式となったが、去年よりもかなり難易度は落ちたように思われる。場面設定もそんなに難解でなく、だからと言って、設問に大きなひっかけがあったわけでもなく、かなり短時間で解けたのではないか。

今年のセンター英語の予想平均点がおよそ130点なので難易度としては決して高くないと思われる。特に、傾向の変化で動揺した受験生もいたと思われるが、第6問を最初にやった受験生は時間配分に若干の余裕ができたかも。ただ、第1問から取り掛かると意外に時間配分が狂ってしまう可能性があった。この調子で行くと、来年あたり難易度がぐっと上がりそうな感じだ。

他教科は問題は見ていないが、数学は若干、難易度が上がり新傾向の問題が増えていたそうだ。

国語も現代文の本文が長くなり、漢文で漢詩が出題されるなど平均は去年より10点近く下がる予想が出ている。去年は漢文が簡単だったからなぁ。。

理科は生物しかわからないが、平均点も去年とほぼ同じで簡単なテストが続いているようだ。

社会は全く問題を見てないが、予想平均点だけで判断すると、日本史Bで平均がおよそ10点上がっている。現代社会が若干、難易度が上がったと思われる。

なお、現代社会と倫理との間で19点もの差がついた。20点差で実施される得点調整は今のところ、まだ決まっていない。

全体的に去年よりも平均点は30~40点ほど下がるものと思われている。ただ、今年のセンターは何かが違った。どこか、改革元年と位置づけたかのような問題が並んでいた。案外、今年のセンターの形式がしばらく続くのではないかと思う。

受験生の今後の健闘をお祈りします。

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2007年1月14日 (日)

今年もよろしくお願いします・・・

2007年最初の記事だが、時期が時期なので特になんの挨拶もいらないでしょう。。あえて言うとするならば、今年もあんまりいいことを書けないかもしれないが、どうぞ読みにきてください。

それで、2007年もいろんなことが起きているが、新年早々のショッキングな事件としては東京都渋谷区での歯科医の息子が自分の妹をバラバラにしたというあの事件ではないだろうか。

ニュースや新聞などの報道を見る限りでは個人的に「あの兄貴の気持ちも分からないではないな。。」というものだった。殺害の直接的なきっかけが被害者の言葉の暴力とも取れる言動にあったからだ。もともとこの兄は大学の歯学部に入るために浪人していたという。しかも、1浪どころではなかったようだ。何しろ、時期が悪かった。

殺害されたのが昨年の年末だったが、この時期の受験生の精神状態というのは経験した者にしか分からないものがある。まして、それが現役生でなければなおさらであろうと思われる。僕自体は大学受験にあんまりいい思い出がないが、浪人しなかったので正直、兄の気持ちというのは想像以上だったのではないかと思う。

そのような状況で妹は兄に対し「私には夢があるけど、お兄ちゃんには夢がない」などと言われたら誰だっていい気分はしないだろう。そこで、殺意まで抱いてしまう兄の方もちょっとおかしいと思うが。。

私が感じるのは妹にもデリカシーというかそういう配慮のなさがかけているとしか思えなかった。このような言動を見ている限り、私個人的にはかなり苛立ちというか、むかついてくる印象ばかりが先行してしまう。いくらなんでも、すぐそこに受験を迎えている兄に向かって話すことではない。人間性を疑ってしまう。そのへんが、普通の家族の関係と違うところだったのだろうと思う。

妹を殺害してしまった兄に対しても少しではあるが、同情できるところもある。家が歯科医でそのために勉強しなければならない、でも大学受験に失敗し浪人生活を送っている。その一方で妹は家族が望んだ学校に合格し、高校を卒業して芸能活動を行うなど少し自由な人生を歩んでいる。彼自身も自分に苛立ちを感じていたのだろう。家族の関係もちょっと変だ。妹とこの兄は同居しているにも関わらず3年間も口を利かない関係だったという。つまり、浪人をはじめてからほとんど会話がなかったことになる。普通では考えられない状況である。

こういった複雑な家庭環境が今回の事件の要因にあったことは間違いないだろう。ここ最近はこの件の話題が減ってきているが、更なる捜査を期待したい。

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2006年12月13日 (水)

東京で偽装発覚・・・

このページのコンセプトがだんだん変わってきましたが、、、今回も少し真面目なお話です。

下のホームページを見てもらえれば分かりますが、東京都で新たな問題が浮上してきました。僕自体は全然問題だとは思わないですが、世間の人たちには問題だそうです。(タイトルも言葉が思い浮かばなかったので仕方なくあんな感じになりました。。。)

その問題とは東京都の高校で総合学習の時間に受験対策の授業を行っていたということです。これっていけないことなんでしょうか??

僕のような学歴至上主義者にとってはこんなことでどうしていけないことだといわれる必要があるのかと逆に聞きたいわけです。

総合学習とは政府がゆとり教育の一環として、各学校、各教師が自由に教えることことができる時間としている。その時間に受験対策をして、総合学習の未履修だなんて話になっているようです。実際には教育委員会は未履修には当たらないとしている。

どこかで、現場の教師にとったアンケートでは総合学習の必要性を訴える教師はほとんどいないという統計資料が示されたこともあって現場の教師にとって総合学習がいかに負担が重いかということを示している。というのも、この授業は学校、教師の裁量で自由に行えるという観点から何をやればいのかということが負担を大きくする一番の要因だと思う。

そもそも政府が総合学習を「問題解決能力を養う」だとか「生徒の興味関心に応じた授業を展開する」などの極めて抽象的な位置づけをしていることが問題であり、せめて、こんなテーマでこんな進め方はどうだろうかといった具体案を示すくらいのことをしてもよかったのではないだろうか?

そんなこともしないで総合学習と言われても何をしたらいいのか分からないとなれば、受験対策をした方がよっぽどましだと考えるのは当然ではなかろうか?今回、このような偽装授業が発覚したのは都内の公立高校およそ20校だそうだが、僕は正しいと断言はできないが、これらの学校を悪いとは決して思わない。

いま、ゆとり教育とか言っているが、実際には能力のある人が出世して行く時代である。そんな時代にゆとりなんてこの考え方自体に問題がある。いくら、学歴社会ではないといったところでほんとうに学歴社会がなくなったかと言えばそんなことはない。企業の採用だって最終的には学歴で決まってしまうのである。

それ以上に疑問なのが今なぜ、学歴社会がなくしていく必要があるのだろうか??世間でできる人とはやはり一流大学を卒業している人のことを表すのではないだろうか。

学歴というのは個人の努力の成果である。これは僕が好きだった予備校の講師が言っていた言葉だ。大学受験を乗り越えるために1年間勉強を続けて努力をして東大合格したのならばこれはその人の努力の成果である。このような想像できないほどの努力を積み重ねてきた人が後の人生で優遇されて一体何が悪いのか?

実際に学歴社会が廃れていないことを証明するものとして、去年の今頃放送されていた「ドラゴン桜」がいい例になろう。東大に行けば人生は180度変わる。その言葉にウソはないからあれほどの社会現象になったのだ。やはり、人生で学歴は重要なんだよ。。。

http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/061212/gkk061212000.htm

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